第16回学会賞(2022年度)について

次に紹介する著書1編に学会賞が授与されました。

澤井努『命をどこまで操作してよいか―応用倫理学講義』、慶応義塾大学出版会、2021 年

学会賞授賞理由
本書は、未だ十全に取り上げられていない先端医学・生命科学に関わる課題を、生命倫理学の視点から多角的に論じた稀有な研究書である。
著者は、これらの問題の間近におり、それゆえに、差し迫った「命の操作」に関わる課題を引き受けて、問題の方向性を照らし出すことに成功している。
本書は非常に明快であり、議論の組み立て方についても評価できる。
まず「道徳的地位」に関するメアリー・アン・ウォレンの議論を要約したうえで、議論の柱としての「道徳的地位の七原則」を提示し、その後の多様な課題、たとえば、「ヒト化する動物を作ってよいのか」「体外で人の胚や脳を作ってよいのか」などの問いに、関連する最新の生命科学研究およびそれに対する生命倫理学的研究を紹介しながら議論を進めている。
その議論は、専門家のみならず、初学者であっても理解できるよう工夫され、著者と共に考えていけることを計画されている点も評価に値する。
他方で、ウォレンの議論にほぼ無批判に依拠しておりオリジナリティに課題があること、多くの研究を紹介しながらも、議論の進め方や原則の適用などに恣意性が感じられる点が指摘された。
本研究で議論された生命倫理学の問題は、今後ますます大きな課題となることが推察される。著者の研究のさらなる発展を大いに期待する。