表 題 健康への欲望と<安らぎ> ウェルビカミングの哲学
著 者 森下 直貴
青木書店(2003年8月)
受賞理由:本書は、青木書店刊「現代批判の哲学」シリーズの一書として書き下ろされた単行本であり、森下直貴氏独自の健康哲学を、数人の 思想家、哲学・倫理学者の所説の批判的検討を通して展開したものである。しかし同時に本書の特徴をなしているのは、著者のこれまでの企図の延長として、氏 特有の倫理学体系への構築の試みがなされているところである。個々の考察、例えばヴァイツゼッカーを論じた部分に対する厳しい批判もあり、またプラトンや フロイトの解釈に対する疑問も指摘された。だが、全体としてみれば著者のこの試みは、本学会の活動の趣旨である「医学・医療と哲学・倫理学その他の諸科学 とが関わり合う諸問題の研究・教育を進め、その交流・発展を図ることを目的とする」ことによく合致しているものと考えられる。
とりわけ、氏の考究が欲望論を中心とする「内在的アプローチ」の方法によって展開され、パトスと生命を媒介する欲動への考察、さらに生命の根拠をウェル ビカミングという概念で論じたこと、また根拠と原点との関係において自己の原点への問いかけを通して他者論へと道を開いて、生命哲学、精神医学哲学的議論 から倫理の原点への問いかけへと立ち戻るという全体構成によって成り立っているところに着目するならば、学会賞に相応しい力作であると考えられる。ウェル ビカミングはもちろんwell-beingを意識したものであり、ノルデンフェルト氏の健康・福祉の哲学を超えようとする試みがなされている。
本 書には、医学哲学・倫理学的に徹底して議論し解明して行かければなければならない様々な概念(正常/異常、健康/病気、生/死、快/苦等々)が検討に付さ れており、それらが氏特有の宗教性、宇宙・生命論的世界観によって体系化の試みがなされている点で、今後の学会での議論の展開に大いに寄与するものと考え られる。